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フラメンコとの日々~生徒さんのエッセイ・私の2010年~
勝利まで永遠に~HASTA LA VICTORIA SIEMPRE~ 吉村真紀
社会人になり学生時代やっていたバンド活動も解散になり、このエネルギーをどこかに放出しなければ!!という時に思いついたのがフラメンコだった。 最初は会社帰りに通うのに便利ということで選んだ教室に通った。 もともと、何かを始めるエネルギーと行動力は爆発的に自信があるのだが、継続したことなどない。今回も結局、始めたもののやっぱり冷めてきて・・・。でも、辞めると、また、踊りたくなる。なかなか「フラメンコ」は、きっぱり忘れられない。教室を渡り歩いていた。 そんな私が「体験だけね」と冷やかしで行った教室に気が付けば9年間も在籍。「いつか・・・」と言いつつ、「一生無いなあ~」と思っていた「アレグリアスをソロで踊る」ことになるとは!!

なぜ、飽きっぽい私が9年(いや、もうすぐ10年だ)になるまで継続できたのか?しかも、一度も辞めたいと思わなかったのか?その答えは、「先生」と「仲間」にある。気の合う仲間と、私の心のど真ん中に直球で届く言葉で指導してくれる先生の存在、正直これだけ。 踊ることに対して、熱い向上心も明確な目標もない自分。そんなものはいくら時間を重ねても上達はしない。今思えば当たり前の話なのだが、解っていなかった。だから、そんなに大変でもないから続いたのです。みんなや先生に会いたいし、「みんなの邪魔にならないように踊ろう」くらいの心がけで。でも、「いつか?それは永遠に来ないわよ!」と言う先生の後押しで、「今」踊ることを決意しました。ソロでアレグリアスを。「どうにかなるだろう」という気持ちで。 今書いていても思い出してへんな汗がでてくるくらい、これが「どうにもならなかった!」 何年か前に発表会に来てくれた母に「あたしの踊り、どうだった?」と聞いて、言われた言葉が「踊りって、あんたのは“踊り”じゃなくて、“ジェスチャー”じゃない!?」そのときは、なんとひどい母親だ!と思ったが、その言葉が甦る。「踊ってるフリ」は、できたわけだ。なんとなく雰囲気と勢いで。。。 フラメンコにはリズム=コンパスというものがある。それは12をひとつの単位として繰り返されるが、アクセントや、入る場所は曲によって違う。曲の中でも、12から入る場所があったり、1があったり、場合によっては「ウラ」という、1と2の間というものがあったり。そもそも、あたしはそのへんもあいまいに踊ってきたわけで、ソロだとそれが解からないわけにはいかないわけで。。。聞いている時は解かっていても夢中で踊っているとまた、解らなくなる。解っても、足がついていかなかったり、外してしまったり・・・。そして、ありがたくも、恐ろしくも、プロであるミュージシャンの方たちは、私に合わせて演奏してくれる。「彼らに合わせてついていきますんで」というわけにもいかず・・・(泣)!こちらから合図を送って始める箇所もあるわけで・・・(汗っ)!

今までの、フリを間違えないで「え~踊りましたっ!」なぁんて感じで、みんなについて踊っていて、解らないことやできないことはスルーして。そういった箇所がすべて、ソロに挑戦することで、はっきりしてしまった。ああ~なんて孤独なんだろう。昔流行ったテニスマンガ「エースをねらえ!」の主題歌で「コートでは~誰でもひとり、ひとりきり~♪」って歌を思い出した。本当に、「舞台では~誰でもひとり、ひとりきり~♪」なんだわ~~(涙) 本当に、生まれてはじめて血相変えて、レッスンをした。結局できないまま本番を迎え、最後はまた、「情熱と雰囲気」だけでいっちゃったけど。それでも、当日は、観てくれた人たちは温かいし、先生が「手首折れるまで、パルマする」と言ってくださり、ミュージシャンの皆さんも、「こうなったら彼女に合わせるんだ、なにがあっても!」と言ってくださり(苦笑)。とても恵まれた環境で当日を迎えました。ちっともひとりじゃなかった。 あしたのジョーのように「真っ白な灰になるまで燃え尽きる!」決意をして迎えた当日。終ったら、どんなにか「達成感」と「解放感」に満ちるだろうと、その瞬間を待っていた。楽しみに! ところが、なんでしょう、そんなものは、さっぱり感じなかったのです。「血相変えたらここまでできたんだから、もっとがんばれば、もっと、どうにかなるんじゃないか?」「そのためには、今度はなにができないか、できないことをできるようにするにはどうすればいいのか考えたレッスンをすれば・・・そして、できるようになるまで続けたら、もっとかっこいい踊りができるんじゃないか!?」

10年目にして、はじめて、必死にレッスンすることの向こう側に、何か光っぽいものが見えるような気がしてきたのです。 レッスン当初、よく先生に言い訳していました。「だって~あたし、踊りのセンスないし」って。 先生が言いました。「フラメンコって踊りじゃないですよ、その人の哲学よ」 血相変えて自分を追いこんでまでソロで踊る。そりゃ辛いし、失敗したら恥ずかしいし、人に笑われたくないし。これだけやってても下手な先輩って思われたくないから、出ないでおこう・・・という「哲学」で生きてきた私。でも、もしかしたら、「闘わずして、勝利なし!」なんじゃないのか?そう、今までの「ジェスチャー」な自分と闘ってみたら、少なくとも何か見えるのかも?そんな「なにかがはじまった」体験でした。踊れる時間は永遠じゃないんだよなあ・・・。勝利まで永遠に闘おうかしら。
吉村さんへのメッセージ
初めてお会いしたときに、10年後にソロで踊っていただこうと思っていました。結果として9年ほどで実現してしまい、1年ほど早まってしまいましたが・・・。(笑)ですから、これは予定通りのことだったのです。それによって、得がたい光を感じた吉村さんを嬉しく眩しく思います。何年もの間、申し上げたいことは山ほどありましたが、ヒントのみ小出しにして参りました。そして大切なことにたどり着いたのはまさに吉村さんご自身の力なのです。一人のヒトを長年見守ることが難しくなってきた近年、吉村さんが続けたから、私も見守ることが出来たのです。 ですが、まさか、本腰入れてレッスンをするまでに、9年もかかるとは・・・。人は、それぞれ目標や道が違いますが、吉村さんの挑戦により私も勇気のようなものを頂きました。どうもありがとうございました。そして、いつまでも唯一の存在であり続けてください。

  
挑戦しつづけられる幸せ 副田 恵
2010年の年明け、私はフラメンコとは全く無縁の日々を送っていました。二人目の子供を出産しやっと六ヶ月、授乳で眠れぬ日が続き、念願のレッスン復帰もままならない状況でした。やっとレッスンに参加できたのは5月になってからでしたが、8月の発表会にはとても間に合わず、先に進んでいた毎週の稽古についていけずもがいていました。そんな私が、12月のクリスマスコンサートでは初めてのソロに挑戦したのですから、その無謀さに我ながら驚かされます。

私にとってのフラメンコレッスンは、まるで某栄養ドリンクのCMのように、険しい崖っぷちに腕一つでぶら下がってファイトを振り絞っているような感じで、いつも無謀な挑戦の繰返しです。思い返すと、初めて体験レッスンを受けたのは2001年の秋。稽古を始めてもう九年目になるのですが、出産による中断が二回あり、実質のキャリアは半分ぐらい。中断する度に谷底に落ち、また一から登り直し…の気分でした。けれど、その道がどんなに険しくても不思議とあきらめる気にはなりませんでした。

最初の中断は、「タンギージョ」と「カラコレス」に出演する筈だった2005年の発表会直前でした。振付けも衣装合わせも済み、出演メンバーと自主練習に励んでいる最中に、妊娠三ヶ月で切迫流産の恐れがあると診断されてしまい、当日は観客として客席に座ることになったのです。妊娠の経過は五ヶ月目から落ち着き、その年の秋に無事男の子を出産することができました。初めての育児に目が回るような日々が続きフラメンコのことを思い出すことも稀でした。ところが、新しく立ち上がったスタジオのホームページに2006年第五回発表会の詳しいレビューがアップされているのを目にしたとき、いてもたってもいられない気持ちが沸き起こりました。

体験レッスンを受けた頃は結婚して上京したばかりで、仕事と家事の繰り返しの中でどこか鬱屈している自分自身をリフレッシュさせたいという気持ちから、たまたま自宅近くのカルチャーセンターに出講されていた平先生のクラスを受講したのでした。数あるクラスの中からフラメンコを選んだのは、やはりその哀感のある音楽と、ロマの人々の文化への漠然とした憧れからでしたが、独特の12のリズムと決して簡単ではないステップを体験し、それを習得しようと無心になれる時間はリフレッシュ以上のものを与えてくれました。何より、先生のユニークなキャラクターと熱い指導が楽しく、初めての発表会では、素人の私達だからといって妥協を許さない完成度の高い演出姿勢に感激したものです。その発表会に、今回は出演するどころか観客としても参加できなかったことが無念に感じられ、どうしても再び舞台に立ちたいと強く思いはじめました。

出産を機に郊外に引っ越していたこともあって、乳児を抱えた新米ママが自分の稽古事のために都心に通うのはかなりの冒険でしたから、子供が一歳になるのを待って託児制度のあった昼のクラスに復帰しました。ちょうど「ソレア」の稽古が始まったばかりでタイミングも良く、息子と同じ年の子供を抱えて頑張っている友人もでき、最初の復帰はとてもスムーズだったのですが、発表会でもう一曲、以前に断念した「タンギージョ」を踊ろうとして、かなりの崖登り体験をすることになりました。二年前は出演直前まで仕上がっていた筈なのに、今では帽子もカスタネットももてあまし、あちこち振りを忘れていて踊れないのです。それでもこれを踊れないと次のステップにいけない気がして、友人に細かくおさらいしてもらい、クラスの違う出演者の方々も巻き込んで自主練習に励み、なんとか本番に辿り着くことができました。ほっとしたのも束の間、今度はカルチャーセンターが閉鎖されることに…。託児制度が無ければレッスンを続けられない私と友人はとても困惑しましたが、スタジオの昼クラスで個人的に保育士の方をお願いする形で落ち着き、無事に2008年の発表会にも出ることができました。

そして2009年に向けてのレッスンが始まった頃、二人目の妊娠が分かって中断し、ちょうど一年後に復帰したのですが、休んでいる間にクラスのレベルはすっかり上がり、今度は毎週のレッスンそのものが崖登りのような状態…。いくらファイトを振り絞っても登れている感覚は全くなく、夏の発表会を客席で見ながら、この先続けていけるかどうか悩む程でした。けれど、あきらめたくない思いの方が強く、秋からレッスンを週二回に増やして取り組むと、何とか少しずつでも登れている感覚になってきました。そうなると、次の発表会に臨む前にどうしても一度、自分の踊りを人前で披露する機会が欲しいという気持ちになり、12月にスタジオで開催されるクリスマスコンサートで、二度目の中断の前に練習していた曲である「ロメラ」をソロで踊るという大チャレンジを思いついたのです。

けれど、このチャレンジは、今までが崖登りだったとすれば、果てしなく大きな壁の前に立っているようなものでした。一人ではコンパスをつかむことができず、足を響かせることもできない。歌合わせでは極度に緊張して、頭が真っ白になる始末。自分でやりたいと言い出したことなのに、尻尾を巻いて逃げ出したいような気分で「マルカールも苦手、エスコビージャも苦手…」と苦手ばかりを数えあげている時、では、私の得意なことはいったい何なのかと自分に問いかけてみると、出てきた答えはただ一つ「あきらめないこと」だったのです。できなくてもあきらめない、できるまでやる、できることをやる…。できるまでやる時間の無い今の私に唯一できることは、とにかく心をこめて踊ること。できないことばかりを考えずに、できることを精一杯やろう…そう思った時、この大きな壁を登るための取っ掛かりを見つけた気がしました。だからといって、その壁が登れた訳ではありません。ただ、本番では、現時点で自分のできることを全力でやり切ったという実感を得ることはできたのです。

「ロメラ」とは女巡礼者のことだといいますが、その明るい曲調から浮かんでくるのは宗教心に包まれた尼僧のようなイメージではなく、人生を謳歌する庶民の女性の姿です。以前に、アンダルシアで年に一度開帳される聖母マリア像に触れるため往復約一週間の道を歩き続けるロシオ巡礼祭の映像を見たことがあるのですが、女性達は華やかな衣装に身を包み、家族と共に飲み歌い踊りながら砂埃の舞う赤い大地を歩きます。その姿は、いつも子供達や夫を巻き込んでフラメンコへの挑戦を続けている自分の姿にも重なる気がして、あきらめずに踊り続けるフラメンコの巡礼者としての私自身を、この美しいメロディにのせて表現したいと思いました。そう思って臨んだ本番では、日常の雑事に追われながらも踊る場所を得られている喜びと、夫とともに子を産み育ていく人生の楽しさを心に描きながら、幸せな笑顔で踊り切ることだけはできました。

あとは、もっと技術を磨いて、この有り余る心に見合うだけの実力をつけることができれば、いつか自分の納得のいく私自身のフラメンコを踊れる日が来るかもしれない。そんな期待感を持ってこれからのレッスンに取組む気持ちを、この挑戦から得ることができたのは奇跡のように思います。それは、力を振り絞っても登れないと焦っていたときとは違う、楽しみに満ちた向上心です。この向上心を胸に、あきらめの悪い私を明るく見守ってくれている家族と、厳しくも暖かいサポートをしてくださる先生とスタジオの皆さんに、いつも支えられている幸せをかみしめながら、これからもフラメンコへの挑戦をしつづけていきたいと思っています。
副田さんへのメッセージ
このエッセイを読ませていただき、心にジーンと響くものを感じました。二度にわたるフラメンコ中断の経緯を読ませていただき、改めてこの長い間ずっと教師として関わらせて頂いたんだと思いました。人の歴史と、スタジオそして自分の歴史が重なっていることを実感いたしました。 私たちが出会った当初は、今日のような日が来ることを想像できたでしょうか?お子さんたちもすくすくと大きく育っていく傍らで、ご家族や仲間に支えられがんばってこられた副田さんの挑戦は、このたった1日のことではなく何年間もの思いの詰まった集大成であったことを思いました。今後も歩みはゆっくりであっても、しっかりと一歩一歩前進してください。

  
やめられない!新たな挑戦の舞台へ 小松厚子
4回目のチャレンジとなる恒例のクリスマスコンサート。
「今回はどんな曲を踊るのか?」そこから私の挑戦は始まりました。散々悩んだ末、扇子とカスタネットを用いたカラコレスという曲に決めました。そして本番にむけていくつか自分で注意点を決めて取組みました。

まず、カスタと扇子を自分の体の一部だと思って踊るようにしました。ですが、なかなかテクニックが追いつきません。体とカスタを刻む指先がバラバラで、指がパリージョをかすってしまいます。また、ひじがそりすぎているために扇子の位置も定まらない、といったように体の位置や仕組みを理解することから始めなければいけないんだ、ということに今更ながら気付いた日々でもありました。

次に、靴音に関しては、とにかくレッスンの中で先生のおっしゃっていることを聞き逃さないように、それを聞いても体が反応してくれなければ意味がないので、自分なりにイメージをして体の機能を「ここかな?もしかしてここを使うのかな?」というように工夫するようにしてみました。すると時々、「この足の部分はこういうことだったのか!」と、納得できる瞬間がでてくることが増えてきたような気がしました。また、「体を引き上げる」ということの意味が言葉の意味は理解できても、体がわかっていないので、そこが理解できたらどんなにか踊りが変わるだろうかと、自分の踊りの変化にワクワク期待しながら取組んだ日々でもありました!

そして、私がとても大事にしたい「気持ち」を乗せること。先生がクラスの中で曲の一例としてのストーリーを教えてくださり、これは恋多き女性が闘牛士に出会い恋に落ちるさまを、パリージョ・アバニコ・靴音を用いて表現する・・・何て素敵なストーリーだろうと思いましたが、そんなドラマティックなストーリーをうまく表すにはどうしたらよいのだろうと本番直前まで考えあぐねていました。本番前のミュージシャンの方々と稽古をして感じたのは、やはり私はもっと曲を聴かなければいけないんだということでした。そしてどこからはいればいいのか、そこをもっと自分で研究しないことにはソロで踊る意味がないのだとわかりました。

本番は、毎年たくさんのお客様が足を運んでくださり、また、ミュージシャンの方々、先生、そして共演者のみんなが後ろで見守ってくれていました。とてもとても心強く、気持ちが高まりました。やはりいつも本番後で思うことは、「ああ、もっと練習しておけばよかった!」の一言です。悔いが残るからまた挑戦したくなるのがこのクリスマスコンサートです。やめられません!!
小松さんへのメッセージ
最初からずっとソロで挑戦しつづけ、今回でもう4度目だったのですね。まだまだ伸びしろいっぱいの小松さん。ただ一言申し上げたいのは、「人並みならぬ努力を続けること!」 ということです。自分に厳しく、そして新たな発見を楽しんでください。

  
どん底から見えてきた一筋の光 長島麻美子
2010年は、まさに「葛藤の1年」でした。

3月の上旬に「子宮頸がん啓発イベント」、その後、畳み掛けるように急きょレストランでのフラメンコショーへの出演が決定。気がつけば、8日間で3つのステージに立つことになりました。

準備不足の自分に対するもどかしさや、割り切れないモヤモヤを抱えたまま本番を迎え、レストランでのショーではクアドロの雰囲気を味わえて楽しめたものの、「子宮頸がん啓発イベント」は個人的にはかつてないほどの“失敗”を実感した舞台になりました。 このことで、群舞に求められる要素・平先生が目指す『かたち』と、自分がやりたいフラメンコがわからなくなり、発表会には参加せず、退会を申し出た時期もありました。

「また一緒に踊ろうよ」という仲間からの励ましもあり、何もせずにこのまま逃げ出すのではなく、フラメンコを習い始めた頃の憧れを体現してみようと、今回のクリスマスコンサートへの参加を決意しました。10数年前、はじめての発表会で見た上級生が踊る「タラント」。いつかは自分も・・・と憧れていた曲。初めてのソロで選ぶような曲じゃないことは百も承知でしたが、それでもやってみたかった曲。 限られた時間の中で、自分なりに純粋な気持ちでこの憧れの「タラント」に取り組みました。そして自分自身の踊りだけでなく、どん底に落ちたまま彷徨っている自分の踊りに対する気持ちとも向かい合いながら、本番までの時間を過ごしたのでした。

本番の踊りで平先生や励ましてくれた仲間にどこまで自分のやりたいフラメンコが伝わったかはわかりませんが、打ち上げの席で、「よくやりきったね」と平先生に言っていただけたのは感無量でした。
すでに他舞踊団での経験を積み、タブラオにも出ている神戸の友人が「いつか共演できるようにお互い頑張ろな」と言ってくれました。
この1年、暗闇でもがき苦しんでいた中に、一筋の希望の光が見えた気がします。 その日を『夢』ではなく、『目標』に据えて、ようやく踏み出した初めの一歩から二歩、三歩と踏み出して行きたいと思います。
長島さんへのメッセージ
ソロを踊る方の指導をしていますと、様々な思いが込み上げてきます。私もつい熱血指導をしてしまいました。。。(笑)そして、勝手ながら人とかかわることの素晴らしさを実感しました。不確かな『夢』を確実な『目標』にかえることがどんなに素晴らしいことか、多くのメンバーが心を打たれたことと思います。長島さんが今後、どのように発展されるかわかりませんが、これを読ませていただき、あなたの人生の一ページに登場でき、心からよかったと思いました。

  
今こそ何かを変えたくて~ 水谷美和
2010年、最後の締め括りはクリスマスコンサートへの出演。そしてなんと初めてのソロ!1年前の自分からは考えられない挑戦です。

フラメンコを初めて4年目に入り、少し馴れてきた私は、音楽を聴いたり、新しいパソを覚えたり、体の動かし方を研究したりといったことが楽しく、何の不安もない2010年を迎えました。

そんな2010年の春、幾つかのイベントに参加する機会をいただきました。その一つに、お客様との距離が近いレストランで行うフラメンコショーへの出演がありました。勿論、発表会とは違い、ごく少数の出演者の一人として踊らなければなりませんし、生徒の踊りを観に来てくださるお客様の前で踊るのではありません。
練習の時間も限られ、あっという間に本番を迎えました。初日は無我夢中でしたが、回を重ねるにつれ、自分の技術が伴わぬ不安と、観てくださる方の心に伝わっているのだろうかという不安が大きくなっていきました。いらっしゃるお客様にとっては私が一生徒であることなど関係なく、その食事の時間がより楽しく思い出深いものとなるようなショーを行う踊り手の一人でなければならないのですが、自分はそういう存在になれているのだろうか?という思いを残したままこのイベントは終わりました。
そんな不安を抱えたまま夏の発表会も終わり、このままでは自分の中でフラメンコが中途半端になってしまうと少し焦り始めた秋、クリスマスコンサート開催を知らされました。
悶々としてもしょうがないので、自分なりに本気で仕上げた曲で踊って何か変わるか試してみようと参加を表明、その後2010年最後の挑戦が始まりました。

選曲はタンギージョ。フラメンコを始めて間もなく開催された第1回目のクリスマスコンサートで先輩が素敵に踊っていて、当時はまだフラメンコのことを良く知らず、この曲が踊れるまでは続けられたらいいなぁと思っていた曲です。
2年間レッスンを受け、発表会では2回も参加しているタンギージョ。でも今回は今までにない成果を残したいという思いで課題を探しました。さらに、先生にみていただいたレッスンでは、技術的なことだけでなく、表情についてもご指導いただき課題は山積みとなりました。
その後本番までの2週間は、ほぼ連日の練習でその課題の山を消化しようと試みたのですが、馴れないことをしたせいか、本番3日前から腰を痛め、足をダブルで打つコツも見失い、仕上げるなんて格好良すぎたという現実と向き合うはめになりました。

そしてなんとか向かえた本番は、客席と他の出演者に温かく見守られ、先生やミュージシャンの方にも支えられ、本当に気持ちよく踊りきることができ、踊り終わった瞬間、今までに無い感覚を味わっていました。が、その数分後には、納得できない点が沸々と思い出され…タンギージョはやはり難しいです。

当日の夜、友人から、“楽しかったよ”というメールを貰いました。勝手な拡大解釈かもしれませんが、楽しんでいただけたのかしらと、嬉しかったです。
春のフラメンコショーを経験した時からずっと心に抱えてきた「私の踊りは観客の心に伝わっているのか?」という不安から少し解放された気がしました。そして、「ソロなんてまだまだ先・・・」と思っていた自分でしたが、今だからこそ思い切って挑戦してみて良かったと思います。
フラメンコと仕事の両立が難しい時期もありましたが、家族の協力と仲間の支えにより今日まで続けられたことに感謝しながら、これからもフラメンコと向かい合っていきたいと思います。
水谷さんへのメッセージ
いつも淡々としてクールに見える水谷さんですが、悶々(?)と思い悩むことがあったのですね!イベントへの出演は、時として様々な結果を生み出します。けれど水谷さんの場合、イベントへの出演がソロへの挑戦へのきっかけになったことは、私としてもとても嬉しいことです。「変わりたい」と願う気持ちは、その時点で何かを生み出しているのかもしれませんね!この経験が、さらに新しい挑戦を生み出すきっかけになると良いですね!今後も熱い取組みを期待しています。

  
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